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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)973号 判決 1988年7月28日

亡平山健二こと韓百源訴訟承継人

原告

全文子

右訴訟代理人弁護士

金谷康夫

被告

現代海上火災保険株式会社

右日本における代表者

姜宗昊

右訴訟代理人弁護士

菅生浩三

葛原忠知

佐野久美子

川本隆司

藤田整治

中村成人

村尾勝利

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四三五四万九八一六円及びこれに対する昭和六〇年二月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の夫である亡平山健二こと韓百源(以下「韓」という。)は、昭和五九年四月一四日、被告の保険代理店である有限会社民団大阪保険センター(以下「センター」という。)との間で、次の内容の火災保険契約を締結し、同日、その保険料を支払った。

(一) 保険契約者 韓

(二) 保険者 被告

(三) 保険の目的 別紙目録記載の建物五棟(以下「本件建物」という。)

(四) 保険料 一棟につき二万六四〇〇円

2  韓はその際、シンコウ建設株式会社(以下「シンコウ」という。)の委任を受けていたので、以下の事情を告げたうえ、センターの担当者安泰旬との間で、シンコウを被保険者とする「他人のためにする保険」にする旨の合意をした。すなわち、建築中の本件建物の所有者は韓ではなくシンコウであるから、本来ならシンコウが保険契約者となるべきところ、韓はシンコウにその建築資金を融資している立場にあり、また同時に韓は在日本大韓民国居留民団(以下「民団」という。)大阪府地方本部八尾支部の役員として右代理店の保険事業に率先して加入する立場にある。そこで、シンコウにかわって韓を保険契約者として契約を締結することとした。

3  本件建物は、同年五月五日火災により全焼した。

4  シンコウは、その時までに本件建物の建築費用として四三五四万九八一六円を支出していた。そこで、右火災により本件建物について同額の損害が生じた。

5  韓及びシンコウは、右火災の後直ちに被告に対し、保険金の支払を請求した。

6  韓は、昭和六一年一月一四日死亡し、同年一二月九日に行われた遺産分割協議の結果、韓が有していた右保険金請求についての一切の権利は、原告が相続することとなった。

7  またシンコウは、同日原告に対し、韓からの借入金の弁済に代えて被告に対する保険金請求権を譲渡した。

8  以上によれば、原告は、被告に対し、次の(一)又は(二)により保険金請求権を有する。

(一) 他人のためにする保険においては、保険者たる原告みずからが被告に対して直接保険金の請求をすることができるというべきである。

(二) 仮に保険金請求権そのものはシンコウに発生するとしても、原告はその譲渡を受けたのであるから、被告に対して保険金の請求をすることができる。

よって、原告は、被告に対し、保険金四三五四万九八一六円及びこれに対する弁済期の後である昭和六〇年二月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。「他人のためにする保険」の合意は成立していない。

3  同3は認める。ちなみに、本件建物は放火により全焼したが、その後の捜査にもかかわらず、未だに何人が放火したのか判明していない。

4  同4は否認する。シンコウは出来高三、四十パーセントの時点で工事を放棄し、その出来高に相当する代金は受領しているから本件建物の所有権を取得するはずはなく、かつ、原告主張の金額のうちには本件建物の工事とは無関係の費用が含まれている。したがって、いずれにしても原告主張の損害は発生していない。

5  同5は認める。

6  同6のうち、韓が死亡した事実は認め、その余は不知。

7  同7は認める。

8  同8は争う。

三  被告の主張

1  約款一一条の存在

被告の普通火災保険約款第一一条には、「他人のために保険契約を締結する場合において、保険契約者が、その旨を保険契約申込書に明記しなかったとき」には、保険契約は無効とする旨明記されている。しかるに本件の保険契約申込書には、他人のために保険契約を締結する旨の記載がなされていない。よって、本件保険契約は無効である。

2  シンコウの被保険利益の不存在

シンコウは、本件の保険契約に先立って、請負代金の支払をめぐる紛争から本件建物の工事を出来高三、四十パーセントの時点で放棄しており、かつ、その出来高に相当する工事代金を既に受領していた。したがって、シンコウは、保険契約の時点で、本件建物について被保険利益を有していなかった。したがって、保険契約は成立しない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、約款が存在する事実は認めるが、他人のためにする契約が不成立であるとの主張は争う。センターに対して請求原因2のとおりの具体的な事情を告げている以上、他人のためにする保険として有効であり、被告が保険金の支払を拒否できるはずはない。

2  同2は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(保険契約の締結)、被告の主張1(約款一一条の存在)のうち約款が存在する事実は、当事者間に争いがない。

二右争いがない事実、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1  シンコウは、もと米倉信孝がシンコウ建設との商号のもとに個人で営んでいた建築業を昭和五八年ごろに法人化したもので、法人化ののちもその実質上の経営は米倉が行っていたし、個人企業当時にその営業に関して形成された法律関係は、設立後はシンコウに承継されている(便宜上次の2においては、個人企業時代も含めて「シンコウ」という。)。

2  シンコウは、昭和五七年一二月五日株式会社朝日工業との間で、本件建物の新築工事についてシンコウを請負人とする請負契約を締結した。右工事は、東都物産株式会社を施主とし、同社から、東都ハウジング株式会社、朝日工業、シンコウへと順次請け負われてきたものである。右工事についてシンコウは、韓から資金的な援助を受けていた。

シンコウは間もなく右工事に着手したが、昭和五八年一月ごろに東都ハウジングが手形の不渡を出し、そのころ東都ハウジングと朝日工業との間で代金の支払をめぐってトラブルを生じ、シンコウも何度か工事の中止を求められたりした。結局、シンコウは同年三月ごろまでに、かなりの程度までの出来高払で工事を行い、その一部代金の入金を得ていた。

3  ところが、同年一一月四日になり、本件建物のうち二棟(目録二、四の建物)について東商不動産株式会社が保存登記手続を経由し、同日エステートジャパン株式会社に所有権移転登記がされる事態が生じた。そこで、シンコウは、東商不動産株式会社名義の所有権保存登記の抹消を求めるため、昭和五九年一月三〇日、右二棟について処分禁止の仮処分命令を得るとともに、他の三棟(目録一、三、五の建物)については、同年四月九日に所有者をシンコウとする表示登記手続を経由し、同月一九日に保存登記手続を経由した。また、本件保険契約が締結された同年四月一四日の直前には、本件建物に隣接してシンコウが建築中の物件が、何者かによって取りこわされるという事態も生じ、建築現場は混乱していた。

4  この間、昭和五九年四月一四日に締結されたのが、本件の保険契約である。

韓は、民団八尾支部の役員であるが、同年四月一四日、米倉信孝を伴って民団八尾支部事務所に赴き、民団の関連組織であるセンターの担当者・安泰旬に対し本件建物を含む一二棟の建物に火災保険をかけたい旨の話をした。

韓と同行していた米倉は、安に対し、右建物は自分が建築中であると告げたうえ、本件建物のうちのどの建物かの表示登記の申請書類を示し、その規模、価格や、工事は八割方完成していること等を説明した。しかし、本件建物の所有権や代金の決済について右2、3のような紛争が生じていることは、特に説明しなかった。

保険契約の契約者名を何人にするかについては、韓はシンコウに対し建築費用を融資している立場にあるから、韓が直接保険金を受け取れる形式をとれれば債権担保のために好都合であると考えて、自らが保険契約者になるものとしていたし、シンコウの米倉にしても、韓に対する債務の返済を担保するために保険に入るのであるから、韓が保険契約者になり、同人が保険金を受領することを当然としていた。一方、安は、本件建物の所有権の帰属について前記のような紛争があることを聞かされていなかったし、民団八尾支部の役員である韓が保険契約者になる前提で話が進められていたので、同人が保険契約者になることを当然のこととして事務の処理をし、米倉の説明をきいてシンコウは韓の建築を請負っているものと思い込んでいた。

このようにして、韓の日本名である平山健二名義で、平山との印鑑が用いられて、韓を保険契約者とする保険契約が締結された。保険金は、その場で韓から支払われ、同人あてに、保険契約者を同人とする領収書が発行されて同人に交付された。もっとも、韓とシンコウの間では、保険料を出捐したのは、シンコウである。

5  ところで、被告の火災保険普通保険約款はその一一条に、「保険契約締結の当時、次の事実があったときは、保険契約は無効とします。」と規定し、続いてその事由として、「(1) 他人のために保険契約を締結する場合において、保険契約者が、その旨を保険契約申込書に明記しなかったとき。」と記載している。

しかし、韓の説明するところに従い、同人にかわって保険契約申込書の各項目を記入していた安は、韓を保険契約者として記載したものの、「他人のためにする保険」である旨の記載はしなかった。すなわち、被告の保険契約申込書では、「保険の目的の所有者(契約者と異なるとき)」欄がもうけられていて、この欄該当事由があるときは同欄にその旨の記載をするが、契約者が保険の目的の所有者であるときは同欄は空白にしておくことになっているところ、安は同欄に記入をしなかった。

6  本件建物はその後、別の野崎建設こと野崎吉秋がシンコウとは無関係に完成させた。右野崎は、独自に安田火災海上保険株式会社と保険契約を締結していた。

7  本件建物は、同年五月五日、何人かの放火により全焼したが、その犯人は不明である。野崎はこの火災により、その工事部分について安田火災から保険金を受領した。

以上の事実が認められ、証人米倉信孝の証言中右認定に反する部分は採用することができない。

三右認定事実によれば、本件では、当時客観的には韓以外の者が所有していた本件建物を目的物としたうえで、韓、米倉、安の三者間では韓を保険契約者として自己のためにする保険契約を締結する合意が成立したものと認められる。そうしてみると、韓自身が保険契約者としての被保険利益を有しないことは当然として、他方で、他人のためにする保険契約の合意が当事者でなされているものではなく、請求原因2が認められないことも明らかである。

のみならず、右認定事実によれば、被告の火災保険普通保険約款一一条は、他人のためにする保険契約の成立のためには、その旨を保険契約申込書に記載することを不可欠の要件としていることが認められるが、その趣旨とするところは、保険契約が自己のためにするものなのか他人のためにするものなのかは保険契約上重要な事項であるから、その区別につき事後の紛争を回避するためにはあらかじめこの点を書面上明確にしておくべき必要性があるとの理由に基づくものと考えられ、右の趣旨に鑑みれば、約款一一条の規定には合理性が認められ、法律上右約款の効力をとくに制限的に解すべき理由はない。したがって、この点からしても本件の保険契約がシンコウのためにするものとしてその効力を認める余地はないというべきである。(なお、原告は原告が右約款による意思がなかったとの主張立証をしない。最高裁判所昭和四二年(オ)第四三三号同年一〇月二四日第三小法廷判決・裁判集民事八八号七四一頁参照)。

よって、原告主張の保険契約を認めるに由なく、これに基づく原告の保険金請求は認められない。

四以上によれば、その余について判断を示すまでもなく、本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川口冨男 裁判官園部秀穗 裁判官齊木利夫)

別紙目録

一 所在 岡山県津山市草加部字丸尾一一四四番地六四

家屋番号 一一四四番六四

構造 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 54.25平方メートル

二階 38.92平方メートル

二 所在 岡山県津山市草加部字丸尾一一四四番地六五

家屋番号 一一四四番六五

構造 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 54.65平方メートル

二階 43.88平方メートル

三 所在 岡山県津山市草加部字丸尾一一四四番地六六

家屋番号 一一四四番六六

構造 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 48.83平方メートル

二階 36.43平方メートル

四 所在 岡山県津山市草加部字丸尾一一四四番地六八

家屋番号 一一四四番六八

構造 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 54.24平方メートル

二階 38.92平方メートル

五 所在 岡山県津山市草加部字丸尾一一四四番地七〇

家屋番号 一一四四番七〇

構造 木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 48.83平方メートル

二階 36.43平方メートル

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